テレビの弊害について

   『テレビ』について考えてみたいと思います。
 「近代のテクノロジーと一番幼い頃の人間の発達」 シルヴァーナ・モンタナロ先生の御講演より

 『テレビ』が出現してほどなく、モンテッソーリの教室の中での変化に教師が嘆き始めた。例えば、部屋の中での子供の集中力の低下、子供の反応自体が鈍くなった。会話がうまく成立しない状態になった。そして、言語能力表現も低下し始めた。などの問題が出てきた。

 一方、テレビは新たな学習機会として注目を浴びた。教育的なものとして子供用のプログラムも充実した。識学力も上がるとされたが、大人の言語能力は下がってきた。

 なぜアメリカにテレビ文化が一番定着したか。世界中で一番悪影響もアメリカに広がっている。悪影響を受けている子供たちもアメリカが一番である。
 
 とにかく、神経系の働きは、

「 情報を収集→ 処理→ 秩序立てて整理→ 記憶 」

である。これができないと、何回もやらないといけなくなる。

 テレビからの情報は子供+大人である。なぜ、感情と知性において悪影響を及ぼしているのか。(『テレビ』とは、テレビ・テレビゲーム、それと同様のテクノロジーを指す。) 

① 実際経験の大いなる低下。
② テレビの放出する光の身体に対する病理的影響。
③ 一握りにおける情報の、大衆の統制。

 テクノロジーそのものは悪くないのか?

①の実体験の欠落に付いて話す。全ての生き物――特に人間は、知識を獲得する能力を生まれながらに持っている。大きな脳が、情報を受け取りたがっている。そして、知識にしたいと思っている。秩序だった方法で蓄積したいと思っている。整理整頓して蓄積したいと思っている。

 豊かで秩序だった脳を作るためには、子供は実体験を重ねていかないといけない。「テレビと幼児」に関する論文を私が書いたのは、1988年である。アメリカの子供たちは、1日に4時間観ることを主張していた。

土日は、テレビがベビーシッターとして関わったから1日中だった。1年に直すと、2000時間も実体と関わる時間を逃していることになる。自分自身を問いたださないといけない。

 テレビは、外界の様子をそっくりそのまま伝えることができるか?時間・空間・詳細を要することが正しく伝わるか?例えば、現実とかを知っている大人だと像と照らし合わせることができるが、子供は色・サイズなど……どんな印象になるか?世界に関して限定的な歪められた情報を受け取ることになる。

 テレビを見ている時、三つの感覚経路は閉ざされている。
   〇 物の奥行きを測る
   〇 自然の音も聞こえない
   〇 色合いも全く違ったものになる

 情報を受け止める為には、すべての五感情報が必要になってくる。子供を自然の中に連れ出すと、感触を楽しみ、情報を多面的に取り込む。人間の脳を正しく発達させるためには、能動的な体験を、環境の中で積み重ねていかなければならない。

 モンテッソーりが繰り返し言っていることは、

Ⅰ 人間の可能性は、実際の体験を通してある。
Ⅱ 生身の人間が橋渡しとして関わらなければならない。橋渡しをするのは、教師・親である。

そうすることによって初めて本当の知識にすることができる。

 人間になることは、非常に時間がかかることである。そして、人間になる為には、他の人間の関わりが必要である。つまり、人間的環境が必要だということである。

哺乳類は、生まれた時に新生児の赤ん坊は、他の人間が一人はいないと生きていけない。それは何故なのか? 
①生理的理由――食事・世話が必要 ②正しい方法で知識を吸収していくことができない。その子に環境を知らしめ、行動模範を示すことが必要である。

 『テレビ』は、機械・物体である。人間ではない。『人間』のゴールは、自意識と自立の確立である。手を伸ばし、握り、触り、操作をする。そして情報収集をする。そのためには、時間も必要とする。その間、記憶の合成をしている。そのために時間が必要である。一方テレビは、じっくり観察する暇を与えない。ゆえに、物を完全に理解できない。従って、情報を記憶できない。学習プロセスで大切なことは、反復学習である。なのに、テレビはそれを許さない。結局、受身の傍観者になってしまう。
 
 モンテッソーリ教育の礎は、人間は正常な発達の為に内側に深い要求を持っていることにある。つまり、「自分で動き、自分で学び取っていく」ということである。

 長時間テレビを観ているということは、体験しながら学習していくチャンスを失っていくことになる。体験学習とは、経験的・心理的に学習していくこと。テレビでは、これができない。「手」は、何もしていない。露出している脳は、発達するチャンスを与えられていないのである。テレビの習慣は、人生に大きな影を落とすことになる。

 テレビが持つ病理的悪影響について

 地球に生きている生き物は、光の影響を受けて生きている。それは、光生物学で研究されている。光と生物体との関係を学ぶ学問である。

 自然の光は、太陽と月である。7色の基本色があり、7色が混じった色として透明な色になっている。混ざった色としてカクテルと言う。人工光の中での植物は、よく病気になる。太陽は、休息光を持つ。それは、生き物には不可欠なものである。光は、目→ 視神経→ 下垂体→ 内分泌質 に、影響を与える。

 テレビは、
① 3色――青・黄・緑 である。テレビカクテルの色ということになる。視神経から入ってくるが、身体的周期を乱す。一部の色素だけを受け取ることになり、肥満・コレストロール・癌の原因になる。

② 画像ではなく点滅する光の集合体にすぎない。つまり、イメージを解析するために右脳が重い負荷のために働き続けることになる。

③ テレビは一秒間に30回の点滅である。それに比べ、人間の目は一秒間に10回の点滅を知覚するのが限界である。意識的注意力は働かなくなり、意識下つまり無意識に入り込むことになる。消化されずにいる食べ物のようなものになる。

④ 必死にイメージを追い続けることにより、受身の状態になる。これは、知識獲得の逆になる。受身の姿勢は判断力が無くなり、脳がきちんとはたらかなくなる。

⑤ 消化されずに残っているものは、後々の学習に影響を与える。それは、読書の学習とは別のものである。右半球に映像のみを詰め込まれる為に、左脳の分析などができなくなる。

 小学校に入ると、大きな問題が起ってくる。読み書きに困難が出てくる。そして誤った道を行くことになる。質疑応答の力が弱くなり、言語能力が低い子供達である。学校は学ぶための楽しい所ではなくなり、行きたくなくなる。

 テレビを行動モデルとして見ると、動きが速い。そうした暴力的な動きは、視聴者に眠られたら困るからである。良いか悪いかの判断基準がテクノロジーではなく、使い方を間違えないこと。子供達の可能性は、私達の手に委ねられている。